「KSHS」乳がん治療・乳房再建の経験者をメンバーとする「乳がん体験者の会」です。

KSHS 名古屋代表 加藤 千恵子

【自己紹介】
「再建不毛地帯愛知に在住。何軒も病院を回ったが同時再建ができる病院がなく絶望していたところナグモクリニックに出会う。情報の大切さを痛感し愛知で再建の情報を発信できるコミュニティを主催。勉強会、ミーティングなど積極的に行っている」
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【病、治療歴】
2010.秋、左湿潤性乳がん、硬癌2ケ所、ステージU、リンパ管侵襲あり。ナグモクリニックにて皮下乳腺全摘、同時再建。ホルモン治療中(フェアストン)。

体験談

加藤 千恵子

2010・9月会社の健康診断で発見されましたが、半年以上前からシコリがあるのは分かっていました。 「もしや乳癌?でもまさか・・」と思い逃げていました。

専門病院で乳癌と診断されましたが、仕事が繁忙を極めていたためそのまま出勤しました。気を抜くと泣いてしまいそうな状況の中で必死に仕事に没頭していました。
地に足がついていないというか、頭の中では「乳癌」がリフレイン。宙を浮いているようでした。
情報を収集する時間もない・・・でも「とにかく乳房を失うのは嫌だ」その想いだけでした。

専門病院では「温存は汚くなるから全摘にしたら?手術の3日前までに決めればいいから術日を予約して」と、温存や全摘という言葉も理解できないまま決められないとセカンドオピニオンを受けようと思いました。
その後内視鏡手術ができる京都の病院へ出向き、再建の説明を受けるのですが遠方であるため地元で再建をしようと思い、大学病院にいきました。
そこでは「温存で乳房がひしゃけ汚くなったとしても寝てしまえば分からないから温存にしたら」と信じられない言葉を言われ、悔しくて悲しくて・・・。
あまりにもひどい言葉に傷つき、。何も考えたくなくなりました。

「同時再建」いいのか「二次再建」がいいのか、ネット情報だけでは決められない。
さまざまな病院に問い合わせをしましたが、再建をやってる病院はなかったり、症例が少なすぎたりと絶望的な気持ちになりました。
何より又違う病院にいって傷つけられたらどうしよう・・と病院探しが恐怖になってしまったのです。

この頃会社では「癌」に理解を示さない上司から退職勧奨を受けており、仕事を続けたかった私はここでも戦わなければなりませんでした。
「絶対に負けたくない」という気持ちを持つことは私にとっては疲弊感にしかならなかった。

病院が決まらない焦り、乳癌を知るほど募る恐怖、会社での戦い。
私は「こういう気持ちを絶望というのか」と思いながら見た空をいまだ忘れることはできません。

そんな気持ちを抱えた中、ナグモクリニックに通りがかったのは運命としかいいようがありません。
一番望んでいた「皮下乳腺全摘、同時再建」を受けることができました。
私は自分が情報の精査ができなくて翻弄され、とても辛い思いをしました。
誰かに相談できればどれだけ救われただろう。
そんな想いから患者会を発足しました。 乳癌になったことは不幸な出来事です。でも死生観を持って生きることは些細な幸せにも気がつくことができ、より豊かな人生になるのではないかと考えています。
空の美しさに感動したり、季節の移り変わりを喜ぶ、そんな人生を送ることができることを誇りに思います。
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